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長崎地方裁判所 昭和24年(行)18号 判決

長崎市豊後町三十八番地

原告

宮本重彦

長崎市本大工町五十二番地

被告

長崎税務署長

大蔵事務官

高橋英明

右当事者間の昭和二四年(行)第一八号所得額訂正並びに過納所得税金返還請求事件について当裁判所は次の通り判決する。

主文

原告の訴はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は被告が原告の昭和二十二年度所得額について為した決定を変更し、これを一千四百九十円とすること、原告が同年度所得税として納付した所得税額五千七百七十一円七十銭、追徴金六百六十八円、合計六千五百八十九円七十銭から前記所得額に対する適正な所得税額及び延滞金を控除した残額を原告に返還すること訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として原告は、昭和二十二年度分所得税について期間内に予定申告をすませ、その第一期分所得税金として約百五十円余を、その当時収税取扱銀行である親和銀行長崎支店に納付した。然るに被告長崎税務署長は原告の右申告を全然考慮することなく、昭和二十三年四月二十六日原告の所得を三万一千八百円と更正決定をし同月中その旨の通知をしてこれに相当する税額の納付方を通知して来たので、原告はその一方的な不当な査定に痛く憤慨しこの上は被告側の実地調査に俟つ外なく、その調査の際真相は判明することと考え放置しておいた処、同年十二月上旬になつて長崎税務署員が原告宅に来訪し原告所有の洋服その他の物品を差押えるに至つたのである。

そこで原告は昭和二十三年度分と共に同二十二年度分についても、所得税更正決定に対する再審申立を昭和二十三年十二月二十三日頃、長崎税務署気付熊本財務局長宛に提出したのであるが、これに対する処置が為されない儘で前記二十二年度分について差押物件の公売処分の通知に接したので己むを得ず一応被告決定のとおり同年度所得税五千七百七十一円七十銭追徴金六百六十八円合計六千五百八十九円七十銭を納付した。

その後、昭和二十四年四月二十七日に至つて、昭和二十三年度分については前記決定額訂正の通知を受けたのであるが同二十二年度分については何等の通知がなく当然原告の右再審申立は受理されなかつたものとみるより外はないので茲に本訴提起に及んだ。

元来原告の所得は、昭和二十二年度は司法書士として所得金一千百四十円、文官普通恩給所得金三百四十五円で、この外妻スミ子の小学校教官として給料三万五千三十一円二十二銭があるが、これについては既に源泉課税として控除されているのであるから原告に三万一千八百円の所得があり得る筈がなく、被告の前記決定は全く、でたらめである。原告は当時は勿論現在も潜在失業者とも称すべき境遇で昭和二十一年九月、三井物産会社を離職以来碌々收入もなく妻の市内朝日小学校奉職による給料の外、乏しい所持品を売却して漸く其の日常生活を維持しているにすぎない。

尤も前記昭和二十二年度分については異議申立期間を徒過しているのであるが、去る昭和二十年八月の原子爆彈によつて原告は愛兒三名を奪われ、以来兎角生活に励む気力を失い、当地医大病院や九大病院に診察を乞う程の精神的弛緩状態にあつたのだから被告側に於ても原告の窮状に同情の眼を注ぎ原告の再審申立を受理して適当な処置を採るべきであつたに拘らずその挙に出なかつたのは原告の承服出来ないところで斯る場合国民の利益を基本として形式上の瑕疵に捕われず処置せらるべきである。

要するに原告の所得額は以上の如く僅々一千四百九十円にすぎないのに、これに対する所得税その他として原告の納入した額は四倍強にあたる六千五百八十九円七十銭で斯様な被告の不当処置は余りも国民の権利を蹂躙するものであつて黙し難いところで国家と雖も前記不当課税による不当利得はこれを返還すべきこと明白であるから右被告の違法な決定の変更を求むる一方併せて過納金額の返還を求むるため本訴請求に及んだと述べ

立証として、甲第一乃至第三号証(いずれも写)を提出した。被告は本案前について主文と同旨の判決を求め答弁として本件訴中所得額の訂正を求める部分については、税務署長の為した行政処分の変更を求めるものに外ならないから、所得税法第五十一條及び行政事件訴訟特例法第二條によつて審査の決定を経た後でなければ出訴できないのであるに拘らず斯様な審査請求もせず従つて審査決定の為されたこともないのであるから訴訟要件を欠く不適な訴として却下さるべきものである。又被告税務署長の為した昭和二十二年度分所得金額の決定は昭和二十三年四月二十六日に為され遅くとも同年四月中に原告に送達されているから、行政事件訴訟特例法第五条第一項所定の六箇月以内に提起さるべきであるに拘らず本件訴訟は昭和二十四年四月三十日に受理され右出訴期間を徒過しているばかりでなく同条第三項による処分後一年の期間をも徒過した不適法の訴で却下さるべきである。

次に本案について原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め其の答弁として、

原告主張の請求原因事実中、被告が原告主張日時昭和二十二年度分所得額について三万一千八百円と決定したこと、同年十二月上旬原告の物品を差押えたこと、其の後原告から同年度所得税及び追徴金としてその主張金額の納付のあつたことは認めるが、その余の原告主張事実は全部争う、原告の昭和二十三年十二月二十三日頃提出したと称する再審査申立は期間経過後の不適法なものである。

尚原告の本件訴中不当課税による不当利得金の返還を求むる部分については、国家を被告として之を提起すべきもので、先ずその前提として被告の行政処分に対する取消又は変更が為されねばならないのであるが、右行政訴訟は不適法として却下さるべきものであることは明白であるからこの点に関する原告の本訴請求も失当として棄却を免れないと述べ 甲第三号証の成立を認め、その余の甲号証は不知と述べた。

理由

所得税法第四十九條第一項第五十條第五十一條第一項行政事件訴訟特例法第二條同法附則(昭和二十二年法律第七十五号)によれば、納税義務者において政府の通知した所得金額の更正決定に対し異議があるときは通知を受けた日から一箇月以内に不服の事由を具し政府に審査の請求をなすことが出来、その審査決定に対し不服がある者は訴願をなし又は裁判所に出訴することができると規定されていて審査決定の為されたことを前提とし、該決定に対し、不服ある場合に限り行政訴訟による救済手段を求め得るのであることが明白である。そして本件昭和二十二年度分所得税額の更正決定については、該処分は昭和二十三年四月二十六日為され同月中に原告に対し通知されたことは原告も亦認めて争わないところであるから、原告は前記所得税法の規定に従い遅くとも同年五月末日までに審査請求を為すべきであつたに拘らず被告は同年十二月二十三日頃迄之を放置し,同日頃に至つて長崎税務署気附で熊本財務局長宛再審申立を為したと主張するのであるが右主張自体既に前記法定申立期間を徒過していることは明白で説明を要しないところである。

原告は昭和二十年八月終戰当時の原子爆彈によつて愛兒三名を喪い、以来精神的弛緩状態にあつたのだから原告の窮状に同情し形式に捕われず原告の右再審申立を受理すべきであつたと主張するけれども右のような事情は行政事件訴訟特例法第二條但書に所謂正当な事由に該らないばかりでなく其の他、原告の全立証によつても本訴請求を適法ならしむる特段の事情は何等認められない。

果してそうであるとすれば、原告が被告(長崎税務署長)に対し昭和二十二年度分所得額決定に対する変更を求める行政訴訟は既に此の点に於て不適法として却下を免れないばかりでなく原告の右訴訟と併合して過納所得税金の返還を求める部分も亦その他の点について判断するまでもなく不適法として却下すべきものと謂わねばならない。

そこで訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條を適用して、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 林善助 裁判官 厚地政信 裁判官 亀川清)

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